沖縄の心霊スポットランキングTOP20|地元民が語る本当にヤバい場所と実体験談

沖縄の心霊スポットと聞くと、皆さんはどんなイメージが浮かびますか?私は実際に何度も訪れて、不思議な体験をしました。

この記事では沖縄の心霊スポットをランキング形式で紹介しながら、歴史と伝承を尊重した訪問のヒントもお伝えします。

この記事を読んでわかること
  • 沖縄の心霊スポット最強ランキングTOP20の詳細と特徴
  • やばいと噂される廃墟ホテルレキオの最新情報
  • 戦跡ガマで実際に起きた悲劇と慰霊の意義
  • ユタの修行場SSSや地元で恐れられる佐藤さん家の真実
目次

沖縄の心霊スポットランキングTOP20|地元民が選ぶ本気で怖い場所

沖縄には本土とは異なる独自の霊的文化が根付いており、戦争の傷跡や琉球時代の伝承が複雑に絡み合った心霊スポットが数多く存在します。

ユタ信仰や御嶽文化、沖縄戦の悲劇など、深い歴史的背景を持つ場所ばかりで、単なる肝試しスポットではなく慰霊の意味も持つ場所が多いのが特徴です。

沖縄心霊スポット20選 MAP

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⚠️ 私有地・立入禁止区域が含まれます。無断侵入は法律違反です。
戦跡・慰霊碑では敬意ある行動をお願いします。

第20位 レキオ(廃墟施設)|都市伝説化した建物

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名護市二見にあるレキオリゾートホテルは、バブル期の1991年に開業した5階建ての白い建物のリゾートホテルです。

客室は全部で50室ほどあり、プールも備えた豪華な施設でしたが、1990年代後半に閉業してからそのまま廃墟となりました。

このホテルでは「窓から飛び降りる人影が見える」「女性の声が聞こえる」「プールの場所で少女の霊が出る」といった心霊現象が報告されています。

特に5階で怖い出来事が多く起きると言われ、中でも「55号室が一番やばい」と噂されていますが、実際に5階を調べてみると55号室という部屋は存在しないという不思議な話があり、このことがさらに都市伝説として広まっています。

中城高原ホテル、サンセットビューインシャーベイと並んで沖縄三大廃墟ホテルの一つとされており、心霊スポットとして有名です。

第19位 渡嘉敷島集団自決跡地|離島の悲劇

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慶良間諸島の渡嘉敷島は、那覇から西に約30キロ離れた離島です。1945年3月27日にアメリカ軍が島に上陸し、翌28日に島の北部「フィジガー」という山の谷間で住民による集団自決が起きました。

この悲劇では約329人から330人の住民が命を落としました。米軍に捕まると酷い目に遭うという話を信じていた住民たちは、恐怖から家族同士で手をかけ合う悲しい選択をしました。

手榴弾や日本刀、鎌などが使われ、多くは女性や子ども、お年寄りでした。

現在は国立沖縄青少年交流の家の敷地内に「集団自決跡地」という慰霊碑が建てられており、碑の後ろの森の中の沢が実際に悲劇が起きた場所です。また、島の別の場所には「白玉之塔」という大きな慰霊碑があり、戦争で亡くなった約595人の方々が祀られています。毎年3月28日には慰霊祭が行われています。

第18位 タナガーグムイ|拝所に現れる謎の霊

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タナガーグムイは、沖縄本島北部の国頭村安波にある普久川という川の滝つぼです。「タナガー」は方言でテナガエビのこと、「グムイ」は淵や滝つぼという意味で、「テナガエビのいる淵」という名前の場所です。

水深は約10メートルあり、県道70号線沿いから入ることができますが、道のりは険しく整備されていません。

この場所は本来、美しい自然が楽しめるパワースポットとしても知られていますが、毎年のように水難事故が起きる危険な場所でもあります。人の手が入らない深い森の中にあり、たどり着くまでが大変です。

心霊スポットとしては、水の底から不思議な声が聞こえる、水没した人の霊が現れる、女性の幽霊が目撃されるといった噂があります。事故で亡くなった方の霊が彷徨っているという話や、夜に訪れると危険だという地元の言い伝えがあり、神聖な場所でありながら霊的な現象が報告されています。

第17位 平和の礎周辺|24万人の名が刻まれた慰霊碑

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平和の礎(へいわのいしじ)は、糸満市摩文仁の平和祈念公園内にある大きな慰霊碑です。1995年に沖縄戦終結50年を記念して建てられました。この場所には、沖縄戦で亡くなった人たちの名前が、国や軍人・民間人の区別なく、すべて刻まれています。

2025年6月現在、約24万2567人の名前が刻まれており、毎年6月23日の慰霊の日に新しい名前が追加されています。刻銘碑は平和の広場を中心に放射状に広がっており、5つ折りタイプ69基、3つ折りタイプ49基の合計118基の石碑が並んでいます。

心霊スポットとしては、慰霊の場でありながら霊的な現象が報告されることがあります。夜に訪れると誰かに見つめられているような感覚がある、石碑の近くで不思議な気配を感じる、特に旧盆の時期には戦没者の魂が集まると言われています。

取材や撮影で訪れた人の中には、強い霊気を感じたという証言もあります。

ただし、ここは遊び半分で訪れる場所ではなく、戦争で亡くなった方々を慰霊するための神聖な場所です。

第16位 具志川城跡|崖から身を投げた王女伝説

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具志川城跡は、久米島の北西海岸にある琉球時代のお城の跡です。海に面した高さ約30メートルの断崖絶壁の上に建てられており、東側の門以外は三方が崖になっています。15世紀頃に建てられたと言われ、現在は国の指定史跡になっています。

伝説によると、この城の城主だった真金声(まかねくい)按司が、伊敷索按司の次男・真仁樽(まにくたる)に攻められて城は落ちました。その際、城主の娘や関係者が敵に捕まるのを恐れて、この断崖から海へ身を投げたという悲しい言い伝えが残っています。

心霊スポットとしては、崖際で白い着物を着た女性の霊が目撃される、琉球王朝時代の服装をした霊が現れる、女性の泣き声が聞こえるといった体験談が報告されています。

特に夜になると、身を投げた女性たちの霊が今も崖の上に立っているという噂があり、地元では近づかないよう言われています。

美しい海を見下ろす絶景スポットでもありますが、悲しい歴史が刻まれた場所でもあります。

第15位 糸数壕(アブチラガマ)|生々しい戦争の傷跡

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糸数壕(アブチラガマ)は、南城市玉城にある全長270メートルの自然洞窟です。「アブ」は深い縦穴、「チラ」は崖、「ガマ」は洞窟という意味で、崖にある縦穴状の洞窟という地形から名付けられました。

元々は糸数集落の住民の避難場所でしたが、1944年7月頃から日本軍の陣地や倉庫として使われ、沖縄戦が激しくなると南風原陸軍病院の分室になりました。

軍医、看護婦、ひめゆり学徒隊が配属され、ガマの中は600人以上の負傷兵で埋め尽くされました。麻酔もない中で手や足を切断する手術が行われ、多くの兵士が苦しみながら亡くなりました。

現在は平和学習の場として、ガイドと一緒に入ることができます。洞窟の中は真っ暗で滑りやすく、当時の手術台や医療器具の跡が今も残っています。

心霊スポットとしては、うめき声や泣き声が聞こえる、写真に無数の人魂のようなものが映る、強い頭痛や吐き気に襲われる、看護婦の霊が現れるといった体験談が多く報告されています。霊感の強い人は入るのを躊躇するほどの場所だと言われています。

第14位 万座毛|観光地に潜む暗い過去

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万座毛(まんざもう)は、恩納村にある沖縄を代表する観光名所です。東シナ海に面した高さ約20メートルの断崖絶壁で、象の鼻のような形をした岩が有名です

。「万人を座らせるに足る広い原っぱ」という意味から琉球王が名付けたと言われています。青く美しい海と夕日の絶景が楽しめるため、多くの観光客が訪れる人気スポットです。

しかし、この美しい景勝地には暗い過去があります。沖縄戦では米軍に追い詰められた一般市民がこの崖から身を投げて集団自決したという歴史があります。また、戦後も自殺の名所として知られ、今でも投身自殺が起きることがあります。

心霊スポットとしては、崖の端に真っ黒な人影がユラユラと揺れている、女性の霊が現れる、崖下へ引き寄せられる感覚がある、兵隊の霊が目撃される、写真に不思議な影や光が映り込むといった体験談が報告されています。特に夜間は、海から呼びかける声が聞こえるという噂もあります。

昼間は多くの観光客で賑わう場所ですが、夜になると雰囲気が一変すると地元では言われています。

第13位 嘉数高台公園|激戦地に残る戦没者の霊

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嘉数高台公園(かかずたかだいこうえん)は、宜野湾市の小高い丘にある公園です。現在は展望台から普天間基地が一望でき、桜の名所としても知られていますが、沖縄戦では日米両軍が激しく戦った最大級の激戦地でした。

1945年4月8日から約16日間、この場所で日本軍とアメリカ軍が攻防戦を繰り広げ、両軍合わせて約10万人の死傷者が出たとされています。アメリカ軍からは「死の罠」「いまわしい丘」と呼ばれるほどの激戦地でした。

公園内には日本軍が使ったトーチカ(敵を撃つための横穴)や弾痕が残る壁などが今も保存されており、戦争の傷跡が生々しく残っています。また、犠牲者を追悼するための「京都の塔」「嘉数の塔」などの慰霊碑が建てられています。

心霊スポットとしては、軍服姿の兵隊の霊が目撃される、夜間に行軍の足音が聞こえる、兵士の声や叫び声が聞こえる、展望台の周辺で謎の人影が現れる、トーチカの中から冷たい風が吹いてくる、カメラに不思議な光や人影が映るといった体験談が数多く報告されています。

第12位 沖縄陸軍病院南風原壕群20号|野戦病院の悲劇

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沖縄陸軍病院南風原壕群20号は、南風原町の黄金森にある人工の洞窟です。全長約70メートルの壕で、1990年に日本で初めて戦争遺跡として文化財に指定され、現在は一般公開されている唯一の病院壕です。

1945年3月、沖縄戦が激しくなると、この場所は沖縄陸軍病院の野戦病院として使われました。軍医、看護婦、衛生兵、そして15歳から19歳の女学生で編成された「ひめゆり学徒隊」222人が看護補助要員として動員されました。

20号壕は手術室、勤務者室、負傷兵の病室として使われ、第二外科壕群の中心的な役割を果たしました。

壕の中では麻酔もない状態で手や足を切断する手術が行われ、多くの負傷兵が苦しみながら命を落としました。暗く狭い壕内は血と薬品の臭いで満ち、うめき声が絶えませんでした。5月下旬に南部への撤退命令が出されるまで、この壕で医療活動が続けられました。

現在は予約制で見学ができ、ヘルメットと懐中電灯を使って常駐ガイドと一緒に壕内を見学できます。心霊スポットとしては、うめき声や看護婦の声が聞こえる、壕の奥から冷たい風が吹いてくる、誰もいないのに気配を感じるといった体験談が報告されています。

第11位 辺戸岬|最北端の自殺名所

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辺戸岬(へどみさき)は、沖縄県国頭村にある沖縄本島の最北端の岬です。那覇空港から車で約2時間30分、太平洋と東シナ海に面した高さ約40~50メートルの断崖絶壁が続く場所です。

晴れた日には約22キロ先の鹿児島県与論島を見ることができる絶景スポットで、沖縄の本土復帰運動の象徴である「祖国復帰闘争碑」が建っています。

昼間は観光客が多く訪れる人気の景勝地ですが、万座毛と同じく自殺の名所としても知られています。断崖絶壁からの投身自殺が後を絶たず、また海流の関係で他の場所で亡くなった遺体がこの周辺の海岸に流れ着くことも多いとされています。

心霊スポットとしては、崖の上に人影が立っている、海から手が伸びてくるように感じる、車で走っていると窓を何者かがノックしてくる、姿は見えないのに気配を感じる、写真に霊が写り込む、付近の国道58号線でも原因不明の事故が起きるといった体験談が報告されています。

特に夜間は、誰もいないはずの岬で不気味な雰囲気に包まれると言われています。

第10位 サンセットビューインシャーベイ跡|大宜味村の廃ホテル

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サンセットビューインシャーベイ跡は、沖縄県大宜味村の山の上にある廃墟ホテルです。1986年3月に塩屋観光開発株式会社が「リゾーピア・ホテル友善」として開業し、後に「サンセットビューインシャーベイ」に名前を変更しました。名前の「シャーベイ」は、近くにある塩屋湾から付けられたものです。

ホテルは地上5階・地下1階の建物で、客室の他にコテージ、プール、テニスコート、劇場などを備えた大型のリゾート施設でした。山の頂上から海や湖、周囲の山々を見下ろす絶景の場所に建っていました。しかし2000年頃に閉業し、2005年頃から廃墟として荒れ始めました。

2015年に解体作業が始まりましたが、途中で作業が止まり、現在は2階建ての残骸だけが残っています。解体途中で放置されたため、まるで爆撃を受けたような異様な姿になっています。

心霊スポットとしては、宴会場「湖上の間」で女性の幽霊が現れる、誰もいないはずの廊下で足音が聞こえる、部屋の中から声がする、写真に人影が写り込むといった報告があります。

中城高原ホテル、レキオリゾートホテルと並んで「沖縄三大廃墟ホテル」の一つとされています。床や天井の崩落が進んでおり、大きなガラスや金属の破片が落ちてくる危険があるため、現在は立入禁止です。

第9位 旧海軍司令部壕|地下に眠る怨念

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旧海軍司令部壕は、沖縄県豊見城市にある地下壕です。1944年、日本海軍設営隊によって掘られました。約3000人の兵士が5ヶ月かけて、つるはしとスコップで手掘りで作った地下陣地で、全長は約450メートルあります。

地下20メートルの場所にカマボコ型の横穴を掘り、コンクリートと杭木で固めた構造で、司令官室、作戦室、幕僚室、暗号室などの部屋があり、約4000人の兵士が収容されていました。

1945年6月13日午前1時頃、大田實司令官をはじめ幹部約6名が司令官室で拳銃自決し、約4000人の将兵がこの壕内で最期を遂げました。

その直前の6月6日、大田司令官は海軍次官宛てに「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」という有名な電文を送っています。現在は資料館と共に一般公開されています。

心霊スポットとしては、地下壕の奥から軍靴の足音が聞こえる、壕内で息苦しさや強い圧迫感を感じる、誰かに肩を叩かれる感覚、写真に人影や光の玉が写り込む、壕の入口付近で異様な空気の圧を感じるといった体験談が多数報告されています。

壁に残る手榴弾の破片跡や血痕が生々しく、霊感の強い人は入った瞬間に気分が悪くなると言われています。

第8位 チビチリガマ|読谷村の集団自決跡地

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チビチリガマは、沖縄県読谷村波平にある自然洞窟(ガマ)です。1945年4月1日、米軍が読谷村の海岸に上陸すると、周辺住民約140人がこの洞窟に避難しました。

しかし4月2日、「米軍に捕まると殺される」という恐怖と「生きて虜囚の辱めを受けず」という軍国教育の影響で、83人(うち子ども約半数)が集団自決に追い込まれました。暗闇の中で家族同士が手をかけ合い、多くの乳幼児や子どもが犠牲になりました。

現在、洞窟の入口には「世代を結ぶ平和の像」という慰霊碑が建てられ、毎年4月2日に慰霊祭が行われています。洞窟内部は遺骨が残されており、立入禁止です。

心霊スポットとしては、洞窟の入口付近で子どもの泣き声が聞こえる、誰かに呼ばれる感覚、写真に複数の人影が写り込む、強い霊気を感じて気分が悪くなるといった報告があります。

2017年には「肝試し」目的で侵入した少年たちが遺品を破壊する事件が発生し、大きな問題になりました。ここは戦没者を慰霊する神聖な場所であり、遊び半分で訪れてはいけません。

第7位 前田トンネル|浦添市の霊道

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前田トンネルは、沖縄県浦添市の前田と経塚の間にあるトンネルです。2000年に開通し、沖縄都市モノレール(ゆいレール)の経塚駅に隣接しています。

全長は約200メートルで、片道2車線ですが現在は1車線しか使われていません。トンネルの真上には、琉球組踊の創始者として有名な玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)の墓があります。この墓は1984年に道路計画の調査で発見され、2005年に復元されました。

トンネル周辺は沖縄戦の激戦地「前田高地」で、1945年4月から5月にかけて日米両軍が激しい戦闘を繰り広げ、多くの犠牲者が出ました。トンネル付近には戦時中に防空壕(ガマ)として使われた洞窟もあり、多くの人々が亡くなった場所です。トンネルの建設中には工事の遅れがあったものの、大きな事故は報告されていません。

心霊スポットとしては、トンネル内で事故が多発する、女性の幽霊が現れる、誰もいないのに後部座席に人の気配を感じる、トンネルを抜けた後にバックミラーに人影が映る、深夜に通ると車のエンジンが止まる、墓地付近で霊が出るといった体験談が報告されています。地元では「霊道(霊が通る道)」と呼ばれ、夜間の通行を避ける人もいます。

第6位 喜屋武岬|自決者の霊が彷徨う断崖

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喜屋武岬(きゃんみさき)は、沖縄県糸満市にある沖縄本島最南端の岬です。高さ約30~40メートルの断崖絶壁が続き、青い海を見渡せる絶景スポットですが、沖縄戦最後の激戦地でもありました。

1945年6月、米軍に追い詰められた日本軍の第62師団は6月20日に喜屋武集落周辺で全滅しました。逃げ場を失った多くの住民や兵士が、捕虜になることを恐れて断崖から海へ身を投げました。

また、ひめゆり学徒隊の一部もこの付近の荒崎海岸で米兵に攻撃され、手榴弾で自決し10人が命を落としました。戦後の1952年、地元有志によって約1万人の戦没者の遺骨が集められ、岬の先端に「平和の塔」が建てられました。

心霊スポットとしては、崖の上に白い服を着た人影が立つ、背中を押されるような感覚がする、海から手招きする声が聞こえる、写真に複数の人影が写り込む、慰霊の日(6月23日)には霊が現れるといった体験談が多数報告されています。地元のユタ(霊媒師)は慰霊の日の外出を固く禁じるほどです。

第5位 佐藤さん家|那覇市の謎多き廃屋

佐藤さん家(さとうさんち)は、沖縄県恩納村にある廃墟です。場所は恩納村の嘉真(かま)周辺とされていますが、詳しい住所や建物の正確な場所は謎に包まれています。

「佐藤さん家」という呼び名から個人の住宅だったと考えられていますが、誰が住んでいたのか、なぜ廃墟になったのかなど、詳しい経緯は分かっていません。

建物は木造の一軒家で、古くから放置されていたようです。地元では学生時代の肝試しスポットとして有名で、沖縄の心霊スポットの中でも知る人ぞ知る場所でした。なお、現在は建物の一部が焼失または取り壊され、外壁や入口、門などの一部だけが残っている状態との情報もあります。

心霊スポットとしては、男性の幽霊が現れる、窓から誰かが覗いている、中から物音が聞こえる、霊感のない人でも霊を見ることがあるといった体験談が報告されています。

地元では「ジミー(大型スーパー)の裏にある佐藤さん家は、霊感のない人でも霊が見える時がある」と噂されるほど有名でした。訪れた人の中には、帰宅後に体調を崩したり悪夢を見たりするケースもあったようです。

第4位 中城高原ホテル跡|廃墟の代名詞

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中城高原ホテルは、沖縄県中頭郡中城村の世界遺産・中城城跡公園内にあった廃墟ホテルです。通称「チャイナタウン」とも呼ばれ、日本三大廃墟の一つとして全国的に有名でした。

1972年の沖縄本土復帰前後に、実業家の高良一さんが中城城跡周辺の観光開発の一環として建設を始めました。当初は遊園地やレストハウスも含む大規模なリゾート計画でした。

しかし1975年、沖縄国際海洋博覧会を前に建設途中で営業を停止しました。理由は諸説ありますが、ホテル開業の2ヶ月後に中城城跡が文化財に登録され、ホテルにつながる道路が通行できなくなったため閉業したという説や、建設途中で企業が倒産したという説があります。

その後約40年以上にわたり廃墟として放置され、2019年6月から約2億円かけて解体作業が開始され、2020年には完全に取り壊されました。

心霊スポットとしては、首のないスーツ姿の男性が現れる、プールの排水口に線香と塩を供えると溺死した子どもの泣き声が聞こえる、建物内で足音や声が聞こえる、写真に人影が写り込む、霊感のない人でも何かを感じるといった体験談が多数報告されていました。解体後も「土地に霊が残っている」と感じる人が多く、現在も訪れる人がいます。

第3位 ガマ(自然洞窟)|南部戦跡に残る無念の霊

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ガマとは、沖縄の方言で石灰岩が長い年月をかけて形成された自然洞窟(鍾乳洞)のことです。沖縄には何千ものガマがあり、古くから祈りの場所や葬送の場所として使われてきました。しかし沖縄戦では、住民の避難場所や日本軍の陣地、野戦病院として利用されました。

1945年の沖縄戦では、特に沖縄本島南部のガマで多くの悲劇が起きました。米軍の攻撃から逃れるため、住民や負傷兵が数百人から千人以上もガマに避難しました。

代表的なものとして、糸数アブチラガマ(南城市)では約600人以上の負傷兵と200人の住民が避難し、チビチリガマ(読谷村)では約140人が避難するも83人が集団自決で命を落としました。ガマの中は暗く、食料も水も不足し、負傷兵のうめき声が響く地獄のような状況でした。

現在、一部のガマはガイド同伴で見学が可能ですが、多くは立入禁止です。心霊スポットとしては、ガマの入口や内部でうめき声や泣き声が聞こえる、誰かに引っ張られる感覚、写真に無数の人影が写り込む、ガマの近くを通ると気分が悪くなるといった体験談が報告されています。

ガマは戦没者を慰霊する神聖な場所であり、遊び半分で訪れてはいけません。

第2位 大山貝塚|宜野湾市の呪われた遺跡

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大山貝塚(おおやまかいづか)は、沖縄県宜野湾市大山にある国指定史跡です。約3000年前の縄文時代から近世までの遺跡で、1972年に国の史跡に指定されました。

古代の人々が死者の亡骸を置いた風葬の場所だったとされ、宜野湾の先人たちが拝所(祈りの場所)として大切に保護してきました。現在も木々がうっそうと生い茂る森の中に祠や防空壕が残っています。

しかし、ここは沖縄で最も危険な心霊スポットとしても知られています。その理由は、ユタ(沖縄の霊媒師)の三大修行場の一つとされ、生まれつき強い霊能力を持つユタが修行のために訪れる場所だからです。

修行中に命を落とすこともあるという噂があり、一般人が足を踏み入れると怪我をしたり、精神に異常をきたしたり、最悪の場合は死に至るとも言われています。

心霊スポットとしては、足を踏み入れた瞬間に強烈な耳鳴りや頭痛がする、写真に無数の人影や光の玉が写り込む、帰宅後に高熱が出て動けなくなる、霊感のない人でも何かを感じる、悪夢を見続けるといった体験談が多数報告されています。

地元では「遊び半分で行ってはいけない」と固く戒められており、森川公園やSSS(スリーエス)と並んで沖縄三大禁足地とされています。

第1位 SSS(スリーエス)|恩納村の最恐禁足地

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SSS(スリーエス)は、沖縄県国頭郡恩納村冨着にある心霊スポットです。正式名称は「アフシマノ嶽」で、旧冨着集落の礼拝所でした。場所は国道58号線沿い、ムーンビーチホテルの向かい側にあります。

名前の由来は、かつて付近のガードレールに「SSS」という謎の記号が刻まれていたからとされています(現在はガードレールが新しくなり、その刻印は見つかりません)。

SSSは、ユタ(沖縄の霊媒師・シャーマン)の三大修行場の一つとして知られています(他は大山貝塚と森川公園)。ユタは神に選ばれた者が修行を経てなる職業で、霊的問題の解決や人々へのアドバイスを行います。しかしSSSは、ユタ以外の一般人や霊能者でさえも「行きたくない」と恐れるほど、非常に高い霊力を持った場所とされています。

かつて入口には「ここから先は命の保証ができません」という赤い看板が立っていたという噂があります。心霊スポットとしては、足を踏み入れると耳鳴りや吐き気がする、頭痛や激しいめまいに襲われる、精神状態が崩壊する、帰宅後に高熱が出て動けなくなる、最悪の場合は命を落とすといった体験談が報告されています。

霊感のない人でも何かを感じると言われ、地元の人は夜間絶対に近づきません。「聖域であるため絶対に入ってはいけない」と固く戒められている、沖縄で最も危険な禁足地です。

沖縄の心霊スポットを訪れる前に知っておくべきこと|地元民からの警告

沖縄の心霊スポットは単なる肝試しの場所ではなく、戦争で亡くなった方々の慰霊の場や沖縄独自の霊的文化が根付く聖域であることを理解する必要があります。

軽はずみな行動が重大な事故や霊障を招くことも多く、訪問する際は十分な知識と敬意を持つことが不可欠です。

  • 最強クラスの心霊スポットで実際に起きた事故・事件

最強クラスの心霊スポットで実際に起きた事故・事件

沖縄の心霊スポットでは、実際にいくつかの事故や事件が報告されています。

最も衝撃的だったのは、2017年9月に起きたチビチリガマの破壊事件です。沖縄戦で83人が集団自決した読谷村のチビチリガマで、地元の少年4人が「肝試し」目的で侵入し、千羽鶴や遺品、遺骨を破壊しました。少年たちは器物損壊容疑で逮捕され、この事件は沖縄県民に大きな衝撃を与えました。

大山貝塚やSSSでは、修行中のユタが命を落とす事故があったとの噂や、訪れた人が体調不良になったり、精神に異常をきたしたりする報告が多数あります。肝試しに行った後、高熱が出て動けなくなったり、悪夢を見続けたり、事故に遭ったりするケースが後を絶ちません。

中城高原ホテルでは、廃墟探索中に床が崩落して転落する事故や、建物の一部が落下して怪我をする事故が複数報告されています。前田トンネルでは、トンネル内や周辺での交通事故が多発していると言われています。

これらの心霊スポットは、戦没者を慰霊する神聖な場所や、ユタの修行場など立ち入りが制限されている場所です。

遊び半分で訪れると、物理的な危険だけでなく、精神的・霊的な影響を受ける可能性があります。

絶対に興味本位で近づかないでください。

まとめ 沖縄の心霊スポット

とくに重要なポイントを絞ると、以下の通りです。

  • 戦跡ガマや慰霊碑は遊び半分で訪れてはいけない神聖な場所
  • SSS・大山貝塚・佐藤さん家は地元でも恐れられる最強クラスの禁足地
  • レキオや中城高原ホテルなどの廃墟は私有地かつ立入禁止で物理的に危険
  • チビチリガマでは過去に肝試し目的の侵入で遺品破壊事件が発生している
  • ユタの修行場は一般人が近づくと体調不良や精神異常を引き起こす可能性がある

これらの場所を訪れる際は、必ず敬意を持って行動してください。私たちにできるのは、亡くなった方々への慰霊と平和への祈りです。

興味本位や肝試しではなく、歴史を学び、戦争の悲劇を繰り返さないための教訓として向き合う姿勢が大切だと感じています。沖縄の美しい自然と文化を尊重しながら、正しい知識を持って訪問しましょう。

参照元:

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この記事を書いた人

こんにちは、「うちなーたいむ」の運営者、内田なな(うちなん)です。
過去計5回の沖縄旅行を経験し、本島はもちろん石垣島・宮古島・久米島などの離島にも多数訪問。現地での取材やホテルレビュー、観光業者へのインタビューを通じ、リアルな旅行情報を発信しています。


観光スポットから地元の食文化、伝統行事まで、沖縄の「今」をお届けします。

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